私がデイサービスでお会いして、その後、自分が仕事をしていく上で、とても大切なことを教えてくださったTさんについてお話ししたいと思います。
まったく無表情のTさん
Tさんと最初にお会いしたのは、当時、私勤めていたデイサービスにおいでになったときです。
Tさんは、93歳の女性で、脳梗塞後遺症、パーキンソン病を患っておられました。脳梗塞後遺症のため、歩くことができず、常に車いすで生活されており、お嫁さんが介護されていました。さらに、パーキンソン病のため、無表情で、動作が遅く、小声という症状があり、お嫁さんは、一所懸命介護されているのですが、ご本人がなかなか笑ってくれないと、いつもおっしゃっていました。ご本人に、お話しすると、「うん」とうなずいたりはしてくださるのですが、ご自分からお話しすることはありませんでした。
Tさんとお嫁さん
Tさんのご自宅は、玄関が階段を10段ほど上がったところにあり、50キロくらいあるTさんは、職員におんぶされるような腕力もありませんでしたので、車いすに乗ったまま、職員2人がかりで車いすごと下までおろしたり、上まで上げたりということを送迎時にしていました。
Tさんは、こわがるでもなく、おとなしく乗っていてくださいましたが、お嫁さんが、その職員を見るにつけて、「申し訳ない」と繰り返され、のちにエレベーターをつけてくださったときは、こちらが驚きました。
なににつけても、お嫁さんは、Tさんのことをとても大事にされていて、私たちも、おふたりが、より良い介護関係でいられるように、いろいろと考えご提案したものです。
デイサービスでのTさん
しかし、Tさんは、そのパーキンソン病という疾病のために、デイサービスでも、常に受け身で、ご自分でなにかされるということはありませんでした。私たち職員は、お返事があろうとなかろうと必ず声をおかけし、できる限りTさんのお返事を待って動くようにしていました。
Tさんにレクリエーションに参加していただく
デイサービスでは利用者の皆さんに楽しく過ごしていただき、その中でリハビリ効果があるようなレクリエーションをいつも行っていました。
いろいろなレクリエーションの中で、「風船バレー」という、当時どこのデイサービスでも行われていたレクリエーションを行い、そこにTさんにも参加していただきました。
「風船バレー」とはその名の通り、ネットを挟んだ両チームが風船をついて、地面に落ちたほうが負けというゲームで、いつも利用者・職員とも自分のチームが負けないように必死に風船をついて、盛り上がりました。
Tさんは拒否されるということはなく、車いすでその場にいてはくださるのですが、パーキンソン病のために動作が遅いこともあり、はじめのうちは風船が近くに来てもまったく反応しないということが数か月続きました。
風船はネットを超えてくるので、顔を上に向けないと見えません。しかしTさんは、はじめのうちはそれも難しかったのです。
Tさんの手が動いた!!
しかし、それでも風船バレーには出ていただくことをやめずにいました。Tさんは風船が来ても動かないので、頭に当たったり、周りから文句を言われたりしながらも「いやだ」と言われることはなく、参加し続けてくださいました。
数か月たったある日、いつものように、風船バレーにTさんも参加していただいていたとき、Tさんのところに風船が来ました。顔は上って風船を目で追えるようにはなっていたのですが、いつものように近くに落ちてしまっても、Tさんは動きませんでした。
と、思ったら、
Tさんの腕が、少し上に上がったのです!
周りの利用者は気づかれませんでしたが、わたしたち職員は驚いて、Tさんに「手が動きましたね」と声をおかけしましたが、Tさんは無表情のままでした。
「こころが動けば身体も動く」
それからTさんの腕の動きは、少しずつ少しずつですが、早くなっていきました。
1か月ほどしたとき、Tさんの手が風船に当たりました。職員はみんなでTさんに声をおかけし、Tさんも得意げな感じでした。その後Tさんはめきめきと上達し、周りの応援に応えるように風船を上手につけるようになられて、ゲームの中で他の利用者と一緒に楽しまれるまでになられました。
私たちの中で、「こころが動けば身体も動く」という、お年寄りのリハビリについて言われることばがあります。まさに、Tさんは、わたしたちにそれを体現してくださったのです。
「おばあちゃんが笑った!?」
風船バレーで腕が動くようになってきたころから、少しずつですが、Tさんの表情が、能面のような感じから、柔らかい感じに変わっていきました。
そんなある日、デイサービスで一日過ごしていただいて、ご自宅までお送りし、いつもように階段を2人がかりで上がり終わり、職員が思わず「Tさん重いねー」と言うと、なんとTさんが笑ってくださったのです!
それを見ておられたお嫁さんが、「おばあちゃんが笑った!?」と叫ばれ、泣きだされてしまいました。ご本人は、なにが起こったのかというような感じでしたが、お嫁さんと職員、皆で喜び合いました。とてもうれしい場面でした。
病気を良くするのは薬だけではない
Tさんのおかげで、私は「こころが動けば身体が動く」ことを実感させていただき、さらに病気の症状である、無表情、動作の緩慢、小声も生活の中で良くなることを教えていただきました。
お年寄りは、私たちが思う以上に心と身体の状態が比例します。気分が落ち込むと、体調も悪くなることがお年寄りにはよくありますが、その逆に気分が良くなれば、体調も良くなることもあるのです。できるだけ楽しい思いをしていただくことで体調も良くしていただくことが、介護の仕事では大切になると思います。
ライタープロフィール
potidon
特別養護老人ホーム、デイサービスで介護士、在宅介護支援センターで相談員、介護支援専門員
介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員、主任介護支援専門員資格取得