トラブルとクレーム
有料老人ホームに勤めていた頃、一番神経を使ったのは利用者もしくは利用者ご家族のトラブルでした。大抵のトラブルは、約束されたはずのサービスが十分に提供されなかったか、あるいはサービスの質が低い場合に見られていました。
約束されたサービスとは、ケアプランに則り個別に提供される介護サービスや、施設運営としてその有料老人ホーム独自に行っているサービスに大別されるわけですが、住まう利用者からすると、どちらのサービスも当然受ける権利を所有しているものです。
前者は施設スタッフ側のサービス提供忘れや、サービス提供に際して十分な力量を有していなかった場合等に起こり得るため、発生頻度はそれなりに高かったものと記憶しています。
一方で後者はそもそも施設運営の根幹に強く関わるものですから、施設管理者や経営者レベルでトラブルの原因となっているものに即時対処しなければなりませんし、このようなトラブルが起こるのは稀でした。
さて、トラブルの規模に関わらず「クレーム」という形で一番最初に耳にするのは、現場主任、もしくはケアマネージャーである私だったわけですが、やはりそこで重要なのはその初期対応に他なりません。トラブルから発生したクレームに対しては、その内容如何に関わらず迅速に真摯な姿勢で向き合うことこそがその後の在り方を決めるためです。有料老人ホームに限った話ではありませんが、クレームの中には時として適切な対応を行うことが極めて難しいものもあります。利用者や利用者ご家族のサービスの範疇を超えた要望であったり、思い込みや、一方的な約束等、最早原因がどちらにあるのか見えてこない場合です。こういった場合状況の分析や、事実の確認作業を優先しがちですが、やはりトラブル発生時の対応の基本は、「初期対応の迅速さ」に尽きるものだと思います。
とるべき初期対応とは何か
明らかに原因が判明しているトラブルやクレームであれば対応も分かりやすいのですが、問題は原因や責任の所在が明らかではない状況において、どこまで初期対応を行うべきなのか、ということです。
初期対応の迅速さは前項でも述べてはいる通りなのですが、重要なのは不明確な事柄に対しては曖昧な返答を行わないということです。このような対応はクレーム対応の基本ですが、対して相手は正確な返答を待っているわけですので、きっちりと期限を設定した上で返答を行うことが大切です。
しかしそれでも、原因や責任の在りかが判明しないこともままあると思います。やはりその場合でも取り交わした期限内までに「判明した事柄」だけは誠意をもって相手方に伝えていくことが大切です。その上で原因等の解明を望んでいるのであれば、引き続き時間を頂くことにご了承を頂けるように話を進めていきますし、そうでない場合においても、可能な範囲での再発防止策を提示できるようにあらかじめ準備をしておく必要があります。
信頼関係こそがトラブルへの特効薬
トラブルやクレームを完全に防止することは困難であると思います。特に対人援助においては予期せぬ出来事が不意に顔をのぞかせる等日常茶飯事です。その出来事がトラブルとなり、クレームにまで発展するか否かは、結局の所相手方との関係性が影響してくるものです。やや身も蓋もない言い方かもしれませんが、「まあ貴方の顔を立ててここは矛を収めましょう」と相手にも一歩引いてもらえるほどの関係性を日頃から築いておくことが、何よりのトラブル発生時の初期対応にも繋がっていくのです。
無論、問題の原因をしっかりと探り、再発防止策を立てていくのは当然ですが、私がケアマネージャーであった頃の大概のトラブルやクレームは肥大化することなく初期消火に成功していたのは、ともかく利用者や利用者家族との信頼関係構築に日々努めていたからだと思っています。
ライタープロフィール
太郎丸
日本文学系大学卒業後、介護老人保健施設に介護士として就職。
介護士として3年目に「介護福祉士」を取得。
主に認知症介護に加え、口腔ケアや排泄ケアを専門に取り扱うようになる。
後、5年目に「介護支援専門員」を取得し、介護老人保健施設を退職。
退職後、有料老人ホームに介護支援専門員として再就職。
6年間常勤職員として、施設サービス計画書の作成の他、施設の運営等にも関わる。
有料老人ホーム退職後、主任介護支援専門員として地域包括支援センターに常勤職員として勤めるようになる。
現在、国が推し進める地域包括ケアシステムの構築のため、日夜邁進。