今回紹介するのは、私が初めて勤めた特別養護老人ホームで出会った利用者Aさんのことです。Aさんは、転倒をきっかけに在宅生活が困難になり特別養護老人ホームに入所しました。車いすで移動し、身の回りのことはある程度できる状態でしたので、他の利用者さんに比べると残存能力が高い状況でした。
多床室での人間関係
Aさんは、4人1部屋の多床室で生活することになりました。特別養護老人ホームには、大きく分けて個室タイプと1部屋で数名が共同生活する多床室タイプがあります。今は圧倒的に個室が多い状況ですが、多床室タイプの利用料が安いこともあり、併設されている施設もあります。私が勤めていた多床室は1人分の面積も広く仕切りもしっかりとしていたので人気がありました。
さて、そんな多床室で生活することになったAさんですが、同じ部屋を利用する他の利用者さんは、寝たきりの方、会話はできるけれど身の回りの介助が必要な方、認知症で自分の部屋がどこかさえわからない方で、利用して間もないAさんにとってはストレスがあったと思います。ある日、Aさんは就寝時間になり車いすで自分のベッドに戻りましたが、すぐにリビングに戻ってきました。隣の部屋の利用者さんがベッドを間違えて寝ていたのです。状況によっては「何をしているの!早く連れてって!」と直接注意されてトラブルになることも考えられます。しかし、Aさんは「ごめんね。お部屋に戻るのを手伝ってあげて」と職員に声をかけてくださったのです。私は、お詫びしてお部屋に戻っていただくよう対応をしました。
その後も、Aさんとお話をすることが多かったのですが、Aさんは私たち職員のこともそうですが周りの利用者さんのことをよく見られていたことが分かりました。お部屋の中で寝たきりの利用者さんにお声をかけてくださったり、食事の際にも職員に代わって自らお茶を用意したり、他の利用者さんが困っているときには職員に知らせてくださったり、「自分はまだまだ動けるんだ!」という強い意思を感じました。
ある日のこと
Aさんも施設での生活に慣れ、施設職員としても、Aさんの生活上の楽しみとして何か役割を持っていただこうと、洗濯物たたみやテーブル拭き、身の回りのことはある程度できる利用者さん同士で食事前などに声を掛け合うなどのお手伝いをしていただくことになりました。Aさんも笑顔で応えてくださりました。特別養護老人ホームは施設ではありますが、利用者さんにとっては「家」であってほしいと思います。在宅生活時には自分でできていたことは、可能な限り再現できる環境をどこまで作ることができるか、そんなことを考えるきっかけになったと思います。
しかし、いつかそうでない時期が来てしまいます。Aさんも体調を崩し次第に身の回りのことが出来なくなっていきました。ある日、Aさんの排泄介助に入ったときのことです。Aさんは「ごめんね。こんなになっちゃって」と呟きました。私もAさんの介助をすることにとてもショックを受けていましたが、Aさん自身も身体機能の低下を受け入れられずにショックを抱いていたのだろうと思います。私は「困ったときはお互いさまですから、また元気になったら洗濯物たたみ一緒にやりましょうね!」と声をかけました。その後、介助が必要な場面は以前より増えてしまいましたが、机上での手作業はできるくらいに回復されたため、できる部分でお手伝いをしながら生活を送っています。
まとめ
今回Aさんについて振り返って感じたことは、人生の先輩として様々な成功と失敗を重ねてこられたことを尊重すること、できることを奪うケアではなくできることを減らさないケアであること、生活する環境や身体状況の変化に応じてケアの内容も変わっていくことが挙げられます。施設職員でケアの専門家という視点ももちろん必要ですが、ここが自分の家だったらどうだろうか?生活したいと思える環境やケアの内容にしたいという視点を持たせてくれたできごとだったと思います。
ライタープロフィール
kyota8414
介護職や地域の相談員として7年福祉業界に携わる。
取得資格:ホームヘルパー2級、認知症ケア指導管理士(初級)、社会福祉士