私にとって印象深い利用者さんは、小規模多機能施設で出会った女性利用者のAさんです。Aさんの人柄も印象的ですが、介護に対する向き合い方を考えさせるきっかけをくれた大切な方です。
仕事熱心なAさん
私が一番印象に残っている方は、認知症のある女性の利用者さん(以後Aさんとします)です。
Aさんは元気な頃は文具店を営んでいた方で、地元の企業や小中学校に文房具や商品を卸していたこともあり、知らない人は居ないというくらいの知名度のお店を営まれていました。
Aさんのおおらかで真面目な人柄でお店も地元の人に愛され繁盛していましたが、Aさんの認知症状が強く表れてから店に立つこともなくなり、施設を利用することになりました。
Aさんはお店を切り盛りしていた頃の人生が色濃いようで、認知症状も働いている自分のままなのです。
「今日は何曜日?」「今日は何日?」といつも尋ね、「今日は水曜日?じゃあ○○会社の人が午後に来るね」「もう月末?納品書をまとめておかなきゃ」「時間を見て郵便局に行ってくるから少し時間をもらうわね」など、仕事の事を気にする言葉を多く発していました。
気持ちが落ち着かず認知症状が強く表れる時は実際に「仕事」をしていただくように対応していました。
職員が作ったニセの売り上げ伝票を渡し計算していただいたり、職員と一緒に施設の保管庫で物品の在庫確認や補充を行ったり、来客に備えて玄関掃除を行ったり、事務所と寮母室の内線を使ってお客さんのふりをして注文を行ったり、仕事をしているとAさんは夢中になり不穏症状も和らいでいき、時には職員に「あなた間違えて数えてるよ、しっかりやりなさいよ」ときびしく指示を出すこともあるほどでした。
認知症のAさんと本当のAさん
それでも何をしてもらっても不安が強く落ち着かないような日も多くあり、Aさんは仕事をしている頃の自分と、思うように物事を進めることができない今の自分にいら立ち混乱しているようでした。
一旦そういった不穏状態に陥ってしまうと止めることが出来ず、施設内を徘徊し続けたり、施設外に飛び出してしまったり、職員に暴言を吐くこともあり、職員が付き添ったり色々な対応をしても不穏症状が落ち着かないことも増えてきていました。
そんな状態で困り果てていたある日のことでした。
たまたま寮母室のコピー機の修理に来ていた業者さんがAさんに声をかけたのです。
「Aさん!お久しぶりです!」
その業者さんはAさんがお店をに立っていた頃からの知り合いなようでした。
Aさんは声をかけられると、それまでの不穏な様子は一切消え去り「あら、こちらこそお久しぶりでございます」と笑顔で挨拶を返したのです。Aさんは声をかけてもらったことに感謝の言葉を伝えつつ、世間話で場を和ませながら業者さんを労う言葉をかけていました。
はたから見ていても認知症の方とは思えないほどのきれいな言葉づかいで、普段のAさんとは少し違うハキハキした口調でありながらとても丁寧な対応に感動を覚えるほどでした。
その様子を見て初めて「認知症の症状で見えなくなっている本当のAさん」が居ることに気づき、昔からのAさんと今のAさんをきちんと繋いであげるような介護をしていかなければならない、と思ったのです。
それからもAさんの認知症は進行し不穏状態な日も多くなりましたが、あの日のAさんの姿を見てからは少しずつAさんの受け止め方も変わっていったような気がします。
まとめ
施設に勤めていると一番対応に困るのが認知症の方の対応だと思います。
それでもその方がどうやって生きてきたのか、どんな人生を送ってきたのかが垣間見えると、それまでよりもその方に寄り添うことが出来ますし、認知症状やその方自身を肯定できるようになるのです。
介護現場ではつらいと思うこともありますが、そうやって利用者さんを知ることによって介護に対する向き合いかたも変わってきます。そんな体験が出来てよかったなと心から思っています。
ライタープロフィール
ぱんだママ
高校の福祉科を卒業後、介護福祉士を取得し12年間福祉施設勤務。現在は子育て中のため退職。