自分のしたいことをしたり欲求を叶えることを自己実現と言います。そのために個人は自己の能力を発揮し、理想の実現に向かい努力をします。加齢に伴い自分で理想の実現が困難になると、介護を要するようになります。介護を行う上でのトラブルは、大抵の場合、この理想通りに介護が施されないことを発端に起きますが、介護が施される事自体を理想としないこともあります。
今回は住み慣れた自宅での生活を望み続けたご利用者のお話です。
気性の荒いご利用者
ご利用者は自宅で妻と暮らす80代の男性(以下Aさん)、腎機能に障害があり生活全般にわたり介護が必要な状態(要介護4)でした。同居の奥様もうつ病などの持病があり要介護認定を受けていてAさんの介護を行える状態ではなく、近隣に2人の子(兄・妹)が住んでいましたが息子さんとは長年不仲で接点はありませんでした。Aさんの介護は専ら娘さんが行い、足りない部分を介護保険サービスを利用することで補っていました。Aさんは以前より奥様への暴言・暴力が目立ち、介護が必要となると心的なストレスからか、それは日に日にエスカレートしていきました。週3回訪問介護が入り、身の回りの世話と環境整備を行っていましたが、馴染みのヘルパー以外は寄せつけず、その他のヘルパーに対しても暴言を吐くようになっていきました。
強く希望する在宅生活
次第に持病が悪化し、とうとうベッドから起き上がることができなくなったAさんは入院する事になりました。要介護4と言えども意識ははっきりしていて、非常に帰宅願望が強いAさん。当然病院でも看護師に詰め寄り、退院を催促することになります。頭を痛めた病院は、Aさんの意思を尊重してか周囲の患者を気遣ってか、または職員の負担を軽減するためか、Aさんは介護老人保健施設へと転院となりました。そこでも同じ事態が繰り返され、入院してから6ヶ月ほどするとAさんは自宅へ戻ることになりました。
共倒れを回避する
Aさんが帰宅することになり、奥様には不安もありましたが、「自分が介護をしなくては」という気持ちもありました。衰弱していく夫の介護を担いたいという気持ちです。しかし娘さんはAさんの容態同様、母への悪影響も心配していました。結果、Aさんには毎日朝・昼・夕と3回ヘルパーが入り、奥様はしばらく泊まれるデイサービスに身を置くことになりました。自宅に戻って3ヶ月ほど経ち、Aさんは静かに息を引き取りました。
対処法 1「ご利用者の願望に応える」
時にご利用者の要望と介護する側の良しとする対応が相違する場面があります。勿論両方をすり合わせるのが望ましいのですが、どうしてもそれが不可能な場合、私は周囲に迷惑がかからない範囲でご利用者の願望を尊重するようにしています。Aさんの場合は在宅生活における危険性が大きく困難を伴うことが予想されましたが、本人はそれを望まれました。このような時は予見できる危険性を十分に説明し、すぐに対処できる体制を整え、「何かあったら連絡下さい」と気に留めている事を伝えておくことが重要です。
対処法 2「周囲との連携」
Aさんの場合、娘さんという存在が居たことが決定事項に大きく影響しています。Aさんの自宅復帰しかり、奥様のデイサービス利用しかり、家族でなければ判断しかねる事態に遭遇することがあります。そのために日頃より家族との密に連絡を取り面談し、忌憚の無い関係を作っておかなければなりません。
また、家族がいない、もしくは家族が介入を拒んでいるというケースもあるでしょう。その時もやはり自身のみで抱え込まず、利用しているサービス事業所や地域包括支援センターなどに相談できるよう、各機関との関係を築いておくと良いでしょう。
導入しているサービス事業所との連携も不可欠です。Aさんの場合、ヘルパーに対する態度に問題があったため、訪問を拒否するヘルパーが出てきました。他のヘルパー事業所とも連携を図り、情報を共有する事でAさんの現状把握に努めました。時には訪問するヘルパーを変更するためにも、複数のヘルパー事業所を利用するのも1つの手段だと言えます。
まとめ
「不便より気ままな方がいい」と言った利用者の方がいらっしゃいました。何か手助けはできないかと躍起になるのは実は利己的な行動で、「放っておく」ことを望まれる場合があります。Aさんのケースで、厳しい在宅生活が目に見えているのにも関わらず、そのように手配したことが正しかったかどうか、私には分かりません。しかし、自分の主張を貫き死に処を選んだAさんは、最期まで自分で「生きた」のではないかとも思うのです。
ライタープロフィール
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介護福祉士、介護支援専門員。
小さな在宅系事業所で働いています。
介護に関わる全ての方々に、明るい未来を。