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有料老人ホームで出会った利用者様~介護拒否から信頼関係を築くまで~

2017年9月25日 14:36

介護職経験談

有料老人ホームでケアマネジャーとして従事していた頃のお話です。一人の女性の担当を行う事となったのですが、非常に印象深い方であるためご紹介をさせて頂きます。

出会い

最初の出会いはそれほど印象に残るものではなかったと思います。挨拶を含め二、三の言葉を交わしただけだったと記憶しています。しかし、交わした言葉とは裏腹に表情はとても硬かったことだけははっきりと印象に残っています。
おそらく、彼女の胸中には猜疑心や警戒心が渦巻いていたのでしょうか。経験上、利用者様との信頼関係構築には時間ときっかけとなる出来事が不可欠だと考えています。時間は「相手を知る」ため、出来事やきっかけは、利用者様自身にとって相対する人物が「必要な人」という認識に代わるために大切なものです。ですから、当初は私も通常のケアマネジメントを行う以外、特に何か彼女に対して特別な働きかけを行う事はありませんでした。

関係性の変化

軽度の認知症がある事を除けば、彼女は日常生活動作のほとんどが自立しており、常時介護が必要な方ではありませんでした。但し、服薬の管理や、入浴には部分的な介助が必要だったため、これらに関しては施設では必然的に関りを持っていたのですが、もともと頑固な性格の彼女は決して社交的な方でもなかったために、度々介護拒否が見られていました。

そのため、彼女をたしなめる役割として、同じく施設に住まわれていた利用者様である実のお姉さんがよくスタッフと一緒に彼女の説得にあたっていた事を記憶しています。そのお姉さんの方と言えば性格はまるで正反対。物静かでありながらも、人懐っこさもあるため施設スタッフ等との関係は非常に良好な方でした。こうして、介護拒否はあれども、彼女の生活は大きなトラブルもなく続いていたのですが、出会いから数か月後、ある出来事をきっかけに私達の関係性は急速に変化を迎える事となったのです。

それは転倒の知らせでした。介護スタッフからの報告に看護師と共に駆けつけると、苦痛に顔を歪めた彼女が自室ベッドに寝かされていました。その痛みの箇所や痛がり方から、骨折の可能性が高いと判断し、医師の指示の下すぐに救急搬送となり、そのまま右大腿部警部骨折が判明し入院となってしまったのです。入院の後、幾度かお見舞いを重ねてく中、自然と会話の量も増え、彼女の生活歴や想いを知るようになっていったのです。

退院してから

一か月ほどの入院期間の後、施設に再び戻る事ができたのですが、以前のようにすいすいと歩いたり、トイレに行ったり、ズボンの脱ぎ着等、到底一人でできるはずもなく、またそれまで要支援だった介護度が、区分変更の結果介護4になった事も、たった一つの転倒を機に生活が一変してしまったという何よりの証拠でした。

ところが、彼女としては人のお世話になる事が嫌でたまらず、「あんたなんかの手はかりない!」と介護拒否が入院前と比較しての様々な場面で表出するようになり、介護スタッフも思うように介入ができない状態が始まってしまったのです。当時の彼女の心情を察すると、若い頃から立場あるキャリアウーマンとして第一線で活躍し、誰かの手をかりる事もなく、自立した生活を送られていたのですから、今の状態は到底受け入られるものではなかったのでしょう。しかし、そんな彼女も何故か私の言葉にだけは耳を貸すようになった事は驚きでした。

信頼の証

こうして介護拒否もありながらも、私の言葉添えやお姉さんの協力、介護スタッフからの介護を受けながら身体は再び一人で歩けるまでに回復したのですが、この頃になると日常生活への不満をよく私に漏らすようになり始めたのです。初めの頃は、事務所内で業務をしている私の隣で不満を口にしているだけでそれも解消されていたのですが、やがて施設から一人で外に出ようとする行動も見られ始めてきたため、私は不満の中心を探るようにアセスメントを行い始める事となりました。

彼女の不満の中心には、

・何より施設生活が籠の鳥で自由が無いという事もありましたが、
・昔住んでいた自宅住居の様子が気になって仕方がない、
・昔のように車に乗ってどこかに行きたい、

そんな想いも入り混じって見えてきたのです。それから後、事業所の規則に則る形で外出同行を個別支援として私自身が行う事としました。私の運転する車で、自宅や、コンビニ、ホームセンター、喫茶店や、お寿司屋さん等、本当に様々な場所に出かけたと思います。道中では彼女の昔話や苦労話、「姉は私が守る」という自身の決意や姉妹の絆を語る場面もありました。この個別支援が続いた期間はおよそ1年程でしたが、私自身も仕事でありながら楽しんでした記憶があります。

別れ

高齢者死亡原因のトップに肺炎が上げられますが、彼女も同様でした。誤嚥性肺炎を起こし入院先で亡くなられたのですが、亡くなる直前、意識が最早ほとんどない彼女に私が話しかけると、ぴくぴくと瞼を動かして反応されたのは偶然なのか、生体現象なのか、傍にいた家族の方からは「貴方だから分かっているんだよ」と声をかけられた事は嬉しさもありながら、もの悲しくもありました。

そしてその日の夜中、不思議な経験をした事を今でも覚えています。夢の中で、私は彼女の自室にぽつんと一人立っているのですが、そこに彼女が現れると何か私に一言話しかけたと思えば、小さく笑みを落とし、そのまま部屋から歩いて出て行かれたのです。彼女の背を見送りながら、部屋の扉が閉じられるのと同時に目を覚ましたのです。時刻は夜中の2時を回っていました。まさか、と思ったのですが、翌日その時間に病院で彼女が逝去されたことを聞き、「ああ、そうか。お別れに来てくれたのか」と思いながらも、「お別れの時も部屋に呼び出し、言いたい事だけを言って去っていくのは実に彼女らしいな」と胸の中では悲しさと、何とも言い難い想いがいくつも入り混じっていました。

まとめ

この後、私はご家族の意向もあり、葬儀から火葬、納骨まで立ち会う事となったのですが、今でも記憶に残る利用者様だったと思います。私は非科学的な一切信じるタイプではないのですが、この出来事だけは「きっとそうなんだ」と確信しています。

ライタープロフィール

太郎丸
日本文学系大学卒業後、介護老人保健施設に介護士として就職。
介護士として3年目に「介護福祉士」を取得。
主に認知症介護に加え、口腔ケアや排泄ケアを専門に取り扱うようになる。
後、5年目に「介護支援専門員」を取得し、介護老人保健施設を退職。

退職後、有料老人ホームに介護支援専門員として再就職。
6年間常勤職員として、施設サービス計画書の作成の他、施設の運営等にも関わる。

有料老人ホーム退職後、主任介護支援専門員として地域包括支援センターに常勤職員として勤めるようになる。
現在、国が推し進める地域包括ケアシステムの構築のため、日夜邁進。

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