記憶を掘り返してみると、初めからケアマネジャーを目指していたわけではありませんでした。現場で介護職として働いていた頃は、むしろケアマネジャーという職種を毛嫌いしていた程でした。
理由としては、自分達と比べて汗水流して働いていない、あるいは偉そうだという、単純ながらあまりにも考えなしの心情があったためです。まだ介護職だった頃、夜勤明けずっしりと伸し掛かる眠気と疲労感に飽き飽きしながら、職場の事務所内ではさわやかな面立ちで事務員や、相談員、ケアマネジャーらが他愛のない世間話を軽快にしている様を見る度に「こっちの苦労もしらないで」と胸の内では呟いていたものです。そんな自分がどうして嫌いなケアマネジャーを取得しようと思ったのか。
そのきっかけとなったのは、一人の女性ケアマネジャーとの出会いでした。
出会い
「そんな風に声をかけたら駄目だよ」
不意の事でした。いつものように、業務として、一つの介護を終えた後にかけられた言葉でした。「言われた事は忘れてしまっても、言われた時の、その感情は決して忘れないものだから」と静かに続けると、それ以上は何も言わずにその場を跡にされました。
これがその女性との出会いであり、同時にケアマネジャーと呼ばれる職種の人との最初の会話だと今でも記憶しています。当時の自分は間の抜けた返事を返しながら、何をどうして突然言われたのかすぐには理解できず、決して暴力的な言葉遣いはしていなかったとは言え、やや配慮に欠けていたかなという自覚もありましたから、「これは痛い所を見られた」とまったく違う意味で反省と後悔をしたものです。
しかし、あれ程毛嫌いしていたケアマネジャーという職種にも関わらず、言われたこと自体に少しも腹立たなかったのは、その女性の物腰や言葉遣いがあまりにも静かで柔らかく、それでいて毅然とした姿勢に、単なる説教とは違う教えのようなものを感じ取ったからでしょうか。ともかくすっと胸の奥まで染み渡るのが自覚できました。そうこうしている内に、その女性と現場を共にする機会が増え、その一挙手一投足が自然と目に入るようになったのですが、働き方を間近で見るうちに少しずつケアマネジャーという職種に対しての偏見が無くなり、その代わりに興味が沸いてくるようになったのです。
ケアマネジャーへの理解
結論から言えば、ケアマネジャーを目指し始めたのは、その職種に対する憧れというよりは、女性の凛々しい姿と、その理知的な人間像にまず初めに惹かれたからになりません。誰しも、同じ現場で働くという事は、同じく働く一人一人の物事に対する姿勢や考え方にも否が応でも触れる事にもなります。
私も働く中、彼女の仕事に対して心構えや介護観等を知るようになっていったわけなのですが、同時にケアマネジャーという仕事に対しても理解をするようになったのです。あらゆる事を冷静に客観的に分析し、それでいて介護に対する情熱を文章に起こすその姿は、ひた向きな作家や、学者、更には研究者のようにも思え「ああ。私もこうなりたい」と心にぽっと暖かい火が灯るのを確かに感じたのです。
ケアマネージャーを目指して
当時はまだ介護福祉士取得したばかりでしたが、一刻も早くその女性のような人間、そしてケアマネジャーになりたいと決心し、資格取得のため早速勉強を開始したのです。また効果があるかは別として、独自の睡眠学習等も取り入れながらの勉強の日々は、なんだかんだと言いながら青春のように楽しかった事を覚えています。実のところ介護福祉士を取得した後、辞める事も考えていた時期もあった事を考えれば、人の気持ちと言うのはなんとも分からないものだと今でも思います。とは言え、介護福祉士を取得した途端に、次なる目標と共に仕事を続ける決意がこうして同時に生まれたわけですから、これはこれで良かったのかもしれません。このようにして、再び私は介護福祉士を目指していた頃と同様に、働きながら、参考書を片手に日夜勉学に励む事と相成ったのです。
合格してから思う事
ケアマネジャー試験に合格の後、5年勤めた職場を辞める事となるのですが、それは生まれて初めて前進するために必要な退職でした。働いていた職場ではケアマネジャーの枠は一杯で、そこではケアマネジャーとして働くことができなかった事も理由の一つですが、それ以上にもっと知らない世界に飛び出し、更に多くの事を経験しなければ、単にケアマネジャーとしてだけでなく、彼女のような人間としても成長できないと考えた末の決意でした。正直この5年間は辛い事も多く、ましてや目指すものすら見えない頃は辞める事しか頭にありませんでした。
けれども、たった一つのきっかけが人を大きく変えることもあります。何かを目指す事で変わる人もいれば、誰かとの出会いがそれに代わる場合もあると思います。今思い悩んでいる人も、少しだけ肩の力を抜き、深呼吸し、まわりをゆったりと見る事で何かが変わるきっかけにもなるかもしれません。
ライタープロフィール
太郎丸
日本文学系大学卒業後、介護老人保健施設に介護士として就職。
介護士として3年目に「介護福祉士」を取得。
主に認知症介護に加え、口腔ケアや排泄ケアを専門に取り扱うようになる。
後、5年目に「介護支援専門員」を取得し、介護老人保健施設を退職。
退職後、有料老人ホームに介護支援専門員として再就職。
6年間常勤職員として、施設サービス計画書の作成の他、施設の運営等にも関わる。
有料老人ホーム退職後、主任介護支援専門員として地域包括支援センターに常勤職員として勤めるようになる。
現在、国が推し進める地域包括ケアシステムの構築のため、日夜邁進。