一般的に、介護福祉士を取得するきっかけとして、どのような事が考えられるのでしょうか。
人それぞれと言えばそれまでですが、私の場合は「とりあえず、ここまでは」
という、言わばけじめとしての意味合いが強かったと記憶しています。
このように書き記すと、「そんな軽い気持ちで?」と訝しく思われる方もいるかもしれません。しかし、当時の私にはこの「とりあえず」というのは軽いどころか、寧ろ非常に重さを伴うものでした。
大学卒業後、地元の介護老人保健施設に就職する事となり介護職としての第一歩を踏み出す事となったのですが、当時は介護福祉士という存在はおろか、言葉すら知らなかったのですから、なんとも恐れ知らずだったと思います。ところが、今思い起こしてみればそれも無理もない話だったかもしれません。介護の世界に飛び込んだきっかけは、崇高な志があったわけでも、福祉の精神に満ち溢れていたからというわけでもなく、この業界、職種が将来的に最も必要とされ、伸びしろが先々もあろうという打算的な考えがあったからです。
そんな私が何故介護福祉士を目指したかと言えば、
「介護の世界を辞めるため」だったのです。
介護の世界に踏み出して
就職したばかりの頃は見聞きするもの全てが真新しく、自身もバイタリティーに溢れていました。その理由は単純明快で、社会に初めて踏み出した高揚感や期待感によるものであり、自分自身を突き動かすエネルギーの源には、福祉に対する特別な想いや野心等、言わば特別な理由も動機付けも必要なかったのです。もっと言えば若さ故に特別何もなくても前に進む事ができていたのだと思います。
ところが、一年半も経過すると、エネルギーに比べて意欲の低下が見られるようになってきたのです。それは当然の事だったかもしれません。特別な想いや、向上心といった何か前向きなものないまま、ましてや適当な気持ちだけでどうにかなるほど介護の世界は甘くはなく、次第に直面する現実に対して意欲をいつまでも高い所に置いておけるわけがなかったのです。
そうなると
「この仕事は自分には向いていないのかもしれない」
「どうしてこんなことをしているのだろう」
「もう辞めて別の職業に就こう」
と四六時中考え始めるようになったのです。それでもすぐに辞めなかったのは、根性論が勝っていたというわけではなく、ここで別の職業に鞍替えするという事は、社会的に出遅れと同義であるという事や、加えて辞めたとすればこの期間はすべて無意味になる、という事を理解していたからなのです。そんな中、同僚が介護福祉士を取得するため勉強をしているという話を耳にしたのですが、これが自身にとって介護福祉士というものとの初めての出会いになったのです。
介護の世界を辞めるために
介護福祉士の事を詳しく調べる中で、三年の実務経験があれば受験資格が得られるという事を知ったのですが、これが当時の私には衝撃でした。ぐずぐず辞めようか否かと悩んでいる中、あともう少しだけ頑張ればその資格が取得できるじゃないか、とそんな事が頭の中によぎったのです。
加えて、当時ヘルパー2級だけしか持っておらず、仮にこのまま仕事を辞めたとしても何も手元に残っていないのも同様で、それであれば少しでも何か誇れるものを形として残すべきだと考え始め、もうひと踏ん張りしようと決意を新たにしたのです。
介護福祉士を取得した後、それでも気持ちが今と変わらなければこの世界を辞めようと前向きに考えられるようになったのです。
こうなると不思議なもので枯渇していた意欲が戻り始めたのです。たとえ辞めるためにとは言え、介護の世界に就いて初めての目標、そして社会に出て以来の初めてのゴールのようなものが見えたためだと思います。
こうして、再び前に進むための推進力を得ることができたのです。これを機に介護福祉士取得に向け、猛勉強を開始しました。理由は単純で、介護福祉士の受験は毎年一回のみ開催されるため落ちてしまえば来年まで持ち越しとなってしまうためです。
もうこれ以上時間を無駄にするわけにはいくまいと、必死の想いで勉学に励みました。学科の他に、実技試験もある事を知った私は同僚や、先輩達相手に何度となく練習も重ねていったわけなのですが、その姿形だけを見てみれば、かなり介護熱心な職員として皆の目に映っていたのではないでしょうか。この後、晴れて合格したわけなのですが、その頃には「辞めたい」とは微塵にも思っていなかったのは自分でも意外な事でした。
今思うこと
福祉の世界に、踏み出す人の動機は多種多様であると思います。ナイチンゲールのように崇高な志があればそれに越した事はありませんし、また純粋な心が真に人を助け、救う事ができるのだとも思います。
しかし、全ての人がそうであることはまずないでしょう。熱意があるからこそ志半ばで燃え尽きてしまうケースもあります。逆に私のように始まりは何もなくとも、今こうして天職であると思い誇れるようになるケースもあります。
福祉が素晴らしいというものではなく、就いた職業が自分にとって胸を張れるものであればどのようなものであれ素晴らしいのではないでしょうか。
今は前を向くことがつらくとも、小さなきっかけ一つで世界は本当に変わる事もあるのだと、ここでお伝えさせて頂きます。
ライタープロフィール
太郎丸
日本文学系大学卒業後、介護老人保健施設に介護士として就職。
介護士として3年目に「介護福祉士」を取得。
主に認知症介護に加え、口腔ケアや排泄ケアを専門に取り扱うようになる。
後、5年目に「介護支援専門員」を取得し、介護老人保健施設を退職。
退職後、有料老人ホームに介護支援専門員として再就職。
6年間常勤職員として、施設サービス計画書の作成の他、施設の運営等にも関わる。
有料老人ホーム退職後、主任介護支援専門員として地域包括支援センターに常勤職員として勤めるようになる。
現在、国が推し進める地域包括ケアシステムの構築のため、日夜邁進。